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上陣内石幢 六地蔵(ろくんぞ)

ページID:0024382 更新日:2026年8月13日更新 印刷ページ表示

概要

上陣内と森の境に通称“ろくんぞ”と呼ばれている石があります。

石は、六角柱の形をしており、中ほどに「文明」の刻みが残っています。これは「文明」という年号のことです。

“ろくんぞ”は、室町時代文明年間(1469~1487年)に建てられたもので、六角の石に六体の地蔵菩薩の像を彫る重制石幢の下の部分が残ったものです。

500年もの歴史を持つ六地蔵ですが、残念なことに今は仏石の一部を残すだけとなってしまいました。

旧記によれば、「菊陽川久保皆尻と陣内上町の入口、それと上陣内と森の堺に3ヶ所の六地蔵あり」と記されています。

一説には昔菊池の武士が討死した一族の菩提を弔うために建てたともいわれています。

熊本~陣内~阿蘇を結ぶ久保田往還(いわゆる陣内の下道)は、中世から明治時代に県道指定であった頃まで大いに栄え、その道筋に建つ上陣内の六地蔵は周辺の小字「ロクンゾ」の由来にもなり、道しるべとして土地の方向や距離を表す里程標の役割を果たしていました。

お地蔵様は子どもを守る仏様ですが、人間の六つの迷い六道を救う仏様ともされており、そのために六体(古くは六角)の姿で置かれることがあります。

町には現在木像、石像合わせて100体以上の地蔵尊があると推測されますが、その中で六地蔵は平川御所原、室の円通庵とこの上陣内のものです。

平安後期から盛んになった地蔵信仰により、町辻や祠に祀られるようになったお地蔵様。

人々の身近なところで日々の生活の安寧や旅の安全を見守ってくれる仏様ですが、中でも″ろくんぞ″は今も往来に静かに佇んでいます。​

​​​​​​資料

ろくんぞ

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