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無動寺跡

ページID:0024152 更新日:2026年8月13日更新 印刷ページ表示

概要

​『肥後国誌』によれば、矢護山を中心に旧合志郡東半分は、天台宗の総本山である比叡山延暦寺の寺領でした。無動寺は延暦寺の末寺として平安初期延暦14年(795)矢護山頂近くに建立されました。

「桓武帝の御宇に延暦寺の禎快上人が第3皇子の病気平癒の功として草創を許された。号は天台蓮華院無動寺。」との縁起があります。

この寺は本尊に不動明王を祀ったと伝えられています。山岳仏教の聖域として隆盛し、山伏の修行場となりました。

安土桃山期天正13年(1585)島津勢の襲来で伽藍が焼失してしまいました。現在は堂床の地名だけが残っています。

資料

無動寺跡 弥護山 無動寺跡

遺跡出土の青磁 遺跡出土の青磁

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