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矢護川に架かる単一アーチの眼鏡橋です。
名称から、江戸後期弘化年間(1844~1848)の架橋と推定されます。
菊池・旭志方面から矢護川北岸通り、前原の集落を経由して真木に至る道路が、矢護川を渡るために架けられた橋であり、地区の主要道路に必要なものとして早くから整備されてきたことが伺われる、堅牢な石橋です。
全体的に橋長約9.1m×橋幅4.8m×橋高4.3mの規模ですが、上部の道路面は、後年町道として拡幅された部位の機能を保持するため、後年に被せられたアスファルト・コンクリート構造です。
本来の石橋はその下部構造となっており、そこは単眼の目鑑で、上幅1.9m、下幅2.5m、径間8.5m(推定)、拱矢3.1m。輪石は要石の両側15列、全部で31列となっています。壁石は扇積みです。
町の北部を西流する合志川水系の橋の中では町内唯一残された目鑑橋、しかも今でも生活に供用されている橋として大変珍しい橋といえます。
地域の史跡として住民に永く愛し護られた貴重な建造物として、奇跡的に残された文化遺産です。
