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阿蘇外輪山の西麓の台地、矢護川の左岸の標高約40m、大津町杉水小林地区にワクド石遺跡があります。
平成3〜4年にかけて護川地区の土地改良事業に先駆けて発掘調査が行われ、遺跡の範囲は東西約300m、南北約100m程です。
カエルのことを九州地方ではワクドといい、形がそれに似ている石があったことから「ワクド石遺跡」と命名されました。
しかし、現在この石の所在は不明です。
この遺跡が一躍有名になったのは、平成の発掘より遡ること60年程前に桑の根掘取りの作業中に浅鉢型の土器が見つかり、
当時の菊池の郷土史家川上勇輝氏によって「米の圧痕(スタンプ)を持つ縄文末期の土器」として発表され広く知られるようになりました。
製作の過程で米粒が押し付けられたか、あるいは粘土のなかに紛れ込んでいたかで、そのまま焼かれてその痕跡が残っているのです。
この土器は黒色研磨の御領式土器で、縄文時代の後期から晩期前半(約3千年前)のものと思われ、土器の縁の部分に長さ4.8mm、幅2.2mmの籾跡が残っています。
ワクド遺跡を中心とするこの地域は一般に菊池台地と呼ばれる火山灰が厚く堆積した場所で立地からみても水田に適した場所とは言えません。
このことから推測すると水田稲作の前に焼畑農耕の文化があったのではないかということを考えさせる発見となりました。
その意味でこの遺跡は先駆的役割を果たしたといえるでしょう。籾跡のある土器は「川上コレクション」として菊池市に保管されています。
ワクド石遺跡調査区の全景
ワクド石遺跡周辺