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旧大津手永(管内51ヶ村)の政治・経済・軍事などを司る細川藩の役所が置かれていました。
手永とは「領主が手いっぱいに治め得る区域」という意味で細川藩独特地方行政区画で、大津手永は現在の大津町・菊陽町・旧旭志村の3町村をほぼ合わせたぐらいの区域のことです。
ここには、行政・子弟教育・裁判・医療などの施設があり、郡代、惣庄屋のほか、年貢取立てや犯罪取蹄りなどの諸役人が勤務していました。
隣接して北側には御茶屋(所謂本陣)がある他、内外に3箇所の御客屋などもあり、往来する各藩の高官が宿泊・休憩しました。大津宿の官庁街であります。
さらに北へ登った上大津には、御蔵跡があり、往時は阿蘇郡全部、菊池郡南半の年貢が集まりました。
