大津町の南部、高遊原の台地の上に、平安末期~鎌倉初期の頃に出来たと伝えられる「層塔」があります。今では方形の2重の石段の上に3層ほどの石積みだけが残っています。層塔とは、「経塔」とも言い、中心にお経を入れた筒を垂直に納めて、方形の石の屋根を積み重ねた仏教における供養塔です。類型としては熊本市川尻にある大慈禅寺の13重の層塔がよく似ています。
岩坂には古くは西念寺という大きなお寺が有ったといわれ、五輪塔などその名残の積石が散在しており、この塔もその施設の1つと考えられます。方形の石段には、1段目に「仁王像」や「技芸天(※1)」、2段目に「四天王(※2)」の浮彫りが掘られ、屋根型の石には阿弥陀仏などの仏の種子(印)が刻まれています。周囲には屋根石のかけらが半ば埋まっており、昔はもっと幾重にも積み重なった立派な塔であったと予想されます。
これには、昔は有明海に塔の影が映るほど高く、海の漁民が怒って打ち倒したという伝説があり、事実調査すると四天王の方向が違うなど、後で復元した跡があります。
地元岩坂地区では「虎御前の塔(※3)」・「塔西さん」と呼んで、毎年1月11日頃にここでお祭りがあります。「塔西さんは鰯が好き」だからと、皆で塔の前で鰯を焼いて食べる行事です。
岩坂は昭和の半ばまで、阿蘇郡の最西端に属していました。白川中流の辺に位置することから、ここでは阿蘇と熊本の2つの勢力が長い歴史の中で交流と対立を繰り返したのでしょうか。また遍歴の琵琶弾きが、この塔の前で「虎御前」の登場する『曽我物語』などを語ったのでしょうか。昔からの人々の営みを見ながら、経塔は無言で静かな林の中にたたずんでいます。
※1 技芸天…………来世で歌や踊りをつかさどる仏教の神
※2 四天王…………仏教で仏の四方を守る4柱の守り神
※3 虎御前…………曽我兄弟の仇討ちで有名な『曽我物語』に登場する兄曽我十郎の恋人
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