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江戸期の阿蘇郡布田村手永外牧村における細川藩家老米田監物の外牧代官であった国武家の屋敷跡です。現在は大部分が東福寺境内に該当します。
国武家三代主膳、のち正心が阿蘇福満坊から十一面観音、善了坊から千手観音を勧請し、境目に東福庵を設け、のちに外牧(現観音堂)に移す。明和2年(1765)、4代目泰尹の子泰岳のとき、東福庵を泰岳庵と改め現在地に移し、明和3年(1766)8月世襲寺院、東福寺として発足し現在に至る。