菊池から阿蘇への古来の交通ルート上に位置する平川には、古くから多くの神社やお寺があります。中でも、この神社には、次のような伝説があります。
「平安の初め、肥前(佐賀県)川上に「玉かづら」という有名な美女がいたが、ある時豊後(大分県)からとも、阿蘇からとも言われている忍びの者たちが、この美女を盗み出し、平川まで逃げてきました。「玉かづら」は、信仰する淀姫神に一心に助けを祈りました。すると、百騎ばかりの侍が現れて、忍びの者たちから「玉かづら」を救い出しました。そこに、姫の一族の者たちが追いつくと、百騎の侍はいなくなりました。これは、淀姫神のお助けであろうと、すぐに宮を建て淀姫宮と名付けました。また、侍たちの消えたところを百騎帰(杉水)といいます。」(『合志川芥』より)
淀姫神社は佐賀県に多く分布し、淀姫(=与止日女・世田姫・豊玉姫)を祭神とする神社です。ここの淀姫神社は『菊池郡神社誌』によると、戦国時代に創建されたそうです。当時、この地域一帯は広く肥前の龍造寺勢力と豊後の大友勢力との対決の舞台となりました。伝説も、ここを舞台に肥前の勢力と豊後・阿蘇との関わりを示しています。9月の「願成祭」で子供相撲の奉納があります。11月の秋祭りには、平川合志神楽と浦安の舞が奉納されます。現在、地域の5つの地区が、交替で祭りのお世話をしています。また、一宇太鼓がここを拠点に活動しています。
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