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峠川に沿って杉水から平川に上る道沿いに建つ六角の地蔵塔。碑文によると、「昔この地に六地蔵が建っていたが、平安の頃にはなくなってしまったので、安永3年(1774)平川の庄屋宇野源兵衛という平川の庄屋が再建した」とあります。昔からここが大津・合志・阿蘇への三叉路であったらしいことが伺われます。
藩の年貢米を納める倉庫が肥後藩に3つあり、「御倉」と呼ばれていました。そのうち1つが大津坂下の北山よりに2棟建ち並んでいた(上大津)この御倉に内牧(阿蘇町)に集まった年貢米を二重峠越えで運んでいた頃の道しるべです。
六地蔵は置かれている場所も、以前は御所原にあったり猿渡にあったりしていましたが、火事が絶えないことから、御所原と猿渡の中間に置かれたといわれています。
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