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高祖承陽大師道元禅師と太祖常済大師室の瑩山禅師を両祖とする禅宗の一派、曹洞宗の寺院ですが、大正8年の大火で建物の全てが焼失して、史実を伝える書物類は残っていません。
地元の「大津史」によると、文明年間(1469~1487)のころ「一宗院」と号する山伏が来て、小庵を結んだのが起源とされています。また、「菊池郡誌」の伝えるところによると、享保7年(1723)旧飽田郡横手村(現熊本市横手)の曹洞宗吉祥寺の5世、節堂和尚の法弟淨智が再興したとあります。「大津史」に記載された古記の一節に「禅林春朝花色白増観念孤山秋月風音終為智識」とあり、また、「景観無双」とあることから、この地に観世音菩薩を祀り、衆生済度を発願したものと思われますが、「もと人に円通庵の観座音大悲のひかり塔の迫村」と詠まれて、合志33所観音詣の大6番札所となっています。
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