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江戸時代からの名刹の円通庵、西南の役のとき薩軍の指令部が置かれた大願寺(石橋)、光尊寺(石橋)、を眺めながら鶴口橋までくると、かつて高札を立てた場所であり、地蔵祭の起源となったお地蔵さまが安置されている。 そのまま北に向えば、かつて細川藩の5大米倉の一つ大津御倉跡がある。今は昔を偲ぶものはなく、記念碑だけがある。 もう少し進んで日吉神社の参道を登れば北に本殿、南に斜面いっぱいのつつじ園がる。ここは、昭和3年に植樹されたつつじが始まりとされ、つつじの季節には一面白とピンクの大輪の花が咲く。日吉神社の本殿の周りは深い森になっていて休憩するにはもってこいの場所である。 (所要時間30分~1時間程度) |
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大願寺の石橋 |
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| 光尊寺の石橋 | ||
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| 日吉神社本殿 | ||
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日吉神社のつつじ園 |
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無田原遺跡は、縄文早期(約7000年前)の遺構。 矢護川地区には牛馬の守り寺として名高い円満寺がある。 円満寺の南に中窪田神社(初生神社)がある。 御願所の東方の諏訪山の山中に矢護川の水神 諏訪神社があり、少し南へくだると名水の諏訪水源がある。 |
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| 無田原遺跡のスト-ンサ-クル | ||
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円満寺 |
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初生神社の湧水池 |
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諏訪神社 |
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国指定建造物の江藤家住宅(非公開)を眺めて、そのまま西に進むと窪田阿蘇神社にたどり着く、この神社は、戦国時代に勧進されその後今の地に遷宮された。 神社の近くに「天神森の椋」がある。樹齢は6~700年。 その名は、第11代横綱不知火光右衛門(2代目不知火光右衛門。 墓は、大阪の遊行寺と分骨して陣内の2ヶ所にある。 |
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江藤屋敷 |
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窪田阿蘇神社 |
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天神森の椋 |
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| 横綱不知火光右衛門 | ||
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| 窪田日吉神社 |
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