Hondaホームページ:本田技研工業株式会社

家屋の紹介

主屋

 煙抜きをもった大屋根造の母屋は、基本的には熊本の典型的六間造りで、「匚」の字型の建築です。
 江藤家が地方の豪農から、寸志差上げなどによって在御家人の地位を高めて行く中で、約4回にわたり造作が行われています。
 創建当初は、広間・仏間・次の間・茶の間・台所・中の部屋と土間部分。文政13(1830)年には、広間の上に2階間があり、この時に主屋の原型が完成しました。
 江戸末期に、次の間の東に座敷(10畳)を拡げました。また明治18(1885)年に座敷・客間が修繕され、さらに明治後期に仏間の南側に客間(6畳)を建てました。そのため、仏間の南側の式台は、広間の南側に移されました。
 木造一部2階建。桟瓦葺。建坪196坪(647平方メートル)(1階157坪・2階39坪) 23部屋。
主屋内の写真

長屋門

 住宅の玄関として、樟の大木に守られるかのような白壁造・下見板張の造りです。壁から軒木を支える腕木には素朴な装飾が施されています。
 1階は東2間が門で、西側が2室の物置となっており、天井には1本の大きな牛梁を貫き通してあり、その墨書から天保15(1844)年の建造と考えられます。2階の西側は棹縁天井の室で北側壁に入口があり、外階段が取り付けられていました。
 木造2階建。桟瓦葺。桁行12.6メートル・梁間4.0メートル。西側入母屋・東側切妻。
長屋門の写真

中の蔵

 邸内に唯一現存する蔵です。鬼瓦に安永元(1772)年の銘があったといわれ、この頃の建築と思われます。
 当初米蔵でしたが、今は道具を納めています。戦後、この2階と南の蔵(現存しない)を繋げてアンコ製造所が置かれていました。内部には階段の跡があります。
 土蔵造2階建、桟瓦葺。桁行10.8メートル・梁間5.9メートル。切妻造、西面入口庇付。
中の蔵の写真

馬屋

 北側が三つに分かれる馬小屋、南側が物置です。物置東に待合所を増築しています。小屋組は南北に牛梁を貫いています。
鬼瓦に文政6(1823)年の銘があったといわれ、主屋や長屋門と構造技法がほぼ同じであるから、この頃の建築と思われます。
 木造平屋建、桟瓦葺。桁行16.4メートル、梁間4.5メートル。切妻造、東面下屋庇付。
馬屋の写真

裏門

 組物のない簡素なつくりの薬医門ですが、破風板には若葉付の渦文を施しています。渦文の形状から、江戸末期の建築と考えられます。
 木造薬医門、桟瓦葺。桁行2.3メートル、梁間1.2メートル。切妻造。
裏門の写真

裏庭

 邸内には、東の蔵・西の蔵・南の蔵・中の蔵(現存)・味噌醤油蔵・道具蔵・三階蔵と多くの蔵がありました。しかし戦後これらの蔵は解体され、邸内にはその跡が残されています。
 特に北側三階倉は大正末年に造られましたが、昭和33(1958)年頃解体され、現在は熊本市船場橋際の料理屋に移築されています。
 また、屋敷北側には、高さ2.5メートルほどの石垣がめぐらされ、敷地を区切っています。途中で外側の水路を引き込んで、邸内西北の水廻りを形成しています。
石垣の写真石垣(住宅外側北・西面)

庭園

 主屋の南側武家風の庭園です。ここには、主に常緑の広葉樹が植えられ、座敷から見ると、廻り縁をめぐる広がりと奥行きに驚かされます。
 正面の泉水の石組は白川の石を集めて造られた"肥後石組"の典型で、民俗学者宮本常一氏が「熊本の文化がここにある」と感嘆されたそうです。
昭和17年の庭園と東の蔵の写真昭和17年の庭園と東の蔵(現存せず)
お問い合わせ
大津町教育委員会  生涯学習課 生涯学習係
住所:菊池郡大津町引水62
電話:096-293-2180
ファックス:096-293-8761
メールアドレス:shougai@town.ozu.kumamoto.jp