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教育長の部屋 吉田松陰に学ぶ【2015年1月19日更新】

 今年は、維新の英傑(えいけつ:並はずれてすぐれた人物)吉田松陰に注目が集まりそうだが、彼の思想の根底には、孟子の「至誠(しせい)にして動かざる者は、未だ(いまだ)之(これ)有(あ)らざる也」があった。

 罪人として江戸に護送され牢獄につながれたとき、策が尽きたと思っては死を願い、国のために為すべきことがあると悟っては生を願うというように、心中は乱れていた。しかし、いよいよ自分が処刑されようとしていることを知り、生死に執着するのをやめ、命を天に預けた。

 刑死前日の黄昏(たそがれ)までに牢屋敷で書き上げられたのが、「留魂録(りゅうこんろく)」である。全16節からなり、巻頭の辞世「身はたとい 武蔵の野辺(のべ)に 朽(く)ちぬとも 留め(とどめ)置かまし 大和魂  十月念五日 二十一回猛士」で始まり、「書き付け終わりて後(のち) 心なることの種々(くさぐさ) 書き置きぬ 思い残せること なかりけり。“呼び出しの 声待つ外(ほか)に 今の世に 待つべき事の 無かりけるかな”   “愚かなる 吾(わ)れをも 友と愛(め)ず人は わがともどもと 愛でよ人々” 十月二十六日黄昏(こうこん)書す 二十一回猛士」で終わっている。

 ここには「草莽崛起(そうもうくっき:在野の大衆よ、立ち上がれ)」の精神と人々の心に熱く訴えかけてくる何かがあり、松下村塾門下生に回し読みされ、維新の大回転を為し得た源泉となった。

 【留魂録;第八節大意】

 「私が死を目前にして平穏な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからだ。つまり、農事で言うと、春に種を蒔き、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。

 秋、冬になると農民たちは、その年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ち溢れるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいる、ということを聞いた事がない。

 私は三十歳で生を終わろうとしている。未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから惜しむべきことなのかもしれない。

 だが、私自身について考えれば、やはり花咲き、実りを迎えたときなのであろう。なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。人間にも、それに相応(ふさわ)しい春夏秋冬があると言えるだろう。(中略)
 私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なる籾殻(もみがら)なのか、成熟した栗の実なのかは、私の知るところではない。もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それは蒔(ま)かれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるであろう。同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。」


「松陰語録」

 「志を立てて 以(も)って万事の源(みなもと)と為す」(何事も志がなければならない。志を立てることがすべての源となる) 

 「人 賢愚(けんぐ)ありと雖(いえど)も 各々(おのおの)一二(いちに)の才能無きはなし。湊合(そうごう)して大成する時は 必ず全備する所あらん」 (人には能力の違いはあるが、誰にも長所はある。その長所を伸ばしていけば必ず立派な人になれるであろう)

 「学は 人たる所以(ゆえん)を学ぶなり」(学問とは、人間はいかにあるべきか、いかに生きるべきかを学ぶことである)

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